津地方裁判所四日市支部 昭和53年(ワ)158号 判決 1979年5月07日
原告
加藤孝夫
被告
赤阪運送株式会社
ほか一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告らは原告に対し、金二七六万五三二〇円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日より右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用被告ら負担」との判決並びに仮執行宣言を求め、請求原因として
一 原告は左の交通事故により、後記の傷害を蒙つた。
(一) 発生日時 昭和四九年八月二七日、午後一時一五分
(二) 発生地 三重県三重郡朝日町三二二―一番地路上
(三) 加害車両 泉一一う四二―一八
(四) 同運転者 被告谷野譲
(五) 蒙つた傷害の内容、治療期間
頭部頸椎および腰椎挫傷、外傷性頸部症候群(頸部捻挫)により、仰臥位にて作業する時および階段昇降時、急いで歩行するとき腰痛を来し、自動車修理作業を二時間以上継続すると、頭痛および頭部より肩にかけ疼痛を来す。後遺症一四級九号、認定されている。
田中外科
昭和四九年八月二七日乃至同年一一月三日まで合計六九日間入院。
昭和四九年一二月一六日から昭和五〇年一二月三一日までの内、実日数六日間の通院。
尚、その間桑名市民病院、中部労災病院、亀久治療院に合計約五〇日位通院治療をしたが、現在でもしびれ感は残存し、ひどい時には治療をしている。
二 事故状況
被告谷野譲運転の前記加害車両に追突された。
三 帰責事由
根拠 自賠法三条、民法七一五条、民法七〇九条
被告会社は本件事故当時、加害車両を保有し、被告谷野譲を雇用して自己のため運行の用に供せしめていた。被告谷野は前方注視義務を怠つた過失によるものである。
四 ところで、原告の損害は次のとおりである。
1 休業補償 金二二〇万円
原告は加藤自動車に修理工として勤務し、一カ月金二〇万円の給与を得ており、本件事故により昭和四九年八月二九日より昭和五〇年二月二八日まで六カ月は完全休業し、その後一〇カ月は半休をとらざるを得ず、そのため合計金二二〇万円(二〇万円×六月+一〇万円×一〇月)の休業損害を蒙つた。
2 慰謝料 金九七万円
入・通院慰謝料分 金六〇万円
後遺症分 金三七万円
3 後遺障害逸失利益 金三二万七七二〇円
原告は本件事故により、後遺症障害について昭和五一年一月に自賠法施行令別表第一四級九号の認定をうけた。
これによると労働能力は五パーセントの喪失となり、少くとも三年間は右喪失が継続しているので、左の計算式により金三二万七七二〇円の減収を余儀なくされた。
(二〇万円×一二×五÷一〇〇×二・七三一)
4 雑費 金二万七六〇〇円
(四〇〇円×六九日)
5 弁護士報酬
原告は本件提起にあたり、代理人との間に弁護士報酬契約を締結し、着手金、報酬金として金三〇万円を支払う義務を負担した。
以上合計三八二万五三二〇円のところ、現在まで金一〇六万円(休損の一部として金五〇万円、後遺症分金三七万円)を受領しているので、これを差引くと金二七六万五三二〇円となる。
五 よつて原告は被告らに対し、金二七六万五三二〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日より右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをもとめるため本訴に及んだ。と述べ、被告らの消滅時効の抗弁は否認する。
本件事故の発生は昭和四九年八月二七日であるが、その後原告は昭和五〇年一二月三一日まで右事故による負傷に対する治療をしていたものであり、原告の損害を知つたのは昭和五〇年一二月三一日と解するのが相当である。右期日より三年を経過するのは昭和五三年一二月三一日である。そして原告は昭和五三年七月二六日付郵便でもつて損害賠償の請求をしておりかつ同年八月二日付で訴訟提起しているので、時効は中断していると述べた。
被告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として
請求原因第一項中(一)(二)(三)(四)は認める。(五)は不知。同第二項は認める。同第三項中、被告会社が加害車両を保有し、被告谷野をして自己のため運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。同第四項は既払額の点を除きすべて争う。同第五項は争う。と述べ抗弁として
本件事故の発生は昭和四九年八月二七日であり、同日原告は損害及び加害者を知つたのであるが、原告の本訴は同日から三年間を経過した後提起されたものであるので、被告らは本訴において時効を援用する。
1 民法七二四条の短期消滅時効が進行するためには、被害者が損害の程度や額を具体的に知ることを要せず、負傷時の予想に反する損害が発生した場合は別として、本件事故時が損害を知つたときというべきであるから、右事故日から消滅時効は進行している。仮にそうでないとしても社会通念上損害および損害額を算定し得る程度に症状が固定した時点から時効は進行するというべきで、本件の原告の治療実績から見て、退院時の昭和四九年一一月三日ないしは遅くとも症状固定時の昭和五〇年七月二五日には本件事故による通常の損害を予期し得たから、右各時点から時効は進行し、その後三年間の経過により消滅時効は完成している。少くとも休業損害入院慰藉料については時効完成は明らかである。
2 なお原告は、その主張によつても昭和四九年一二月一六日から昭和五〇年一二月三一日までの通院は六日に過ぎず、原告のいう休業損害は有り得ないし、月収金二〇万円というのも不相当であり、後遺症慰藉料については弁済を了している。
と述べた。〔証拠関係略〕
理由
一 原告の請求原因一、の(一)ないし(四)、同二、の交通事故の発生および同三、の被告会社が本件加害車の運行供用者であること、については当事者間に争いがないが、被告らはいずれも本件事故についての損害賠償請求権は時効によつて消滅しているとして消滅時効の抗弁を主張するので以下この点について判断する。
二 民法第七二四条の「損害を知る」というのは、単に損害発生の原因事実をいうものでなく、それが具体的確定的な金額でないとしても損害額の認識をも要すると請うべきで、そうでないとすると身体傷害のような長期の治療期間を要する不法行為についての請求権の実現を著しく困難にすることになり兼ねない。併しながら実質的な治療を終了し、その時点における後遺症を含む症状を認識し得る限りは、具体的算定の作業は別として、その時点において損害を知つたというべきであるところ、これを本件について見るに、成立に争いのない甲第三ないし第九の各号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は本件追突事故によつて頭部頸椎腰椎挫傷の傷害を蒙り、右受傷当時から右診断の下で田中外科医院において昭和四九年一一月三日まで入院加療の上退院し、その後同年一一月一一日から同五〇年一月二三日までの間に実数五一日間接骨院に通つて治療を続ける一方、右田中医院退院後同年一二月三一日までの間に六回桑名市民病院において外傷性頸部症候群の病名で治療を受けていることが認められ、右事実から考察するに、原告は本件交通事故に基づく実質的治療を昭和五〇年一月二三日までには了え、少くとも同五〇年七月二五日現在において右事故による傷害の程度、後遺障害の程度を確知しているものと認めるのが相当である。前記甲第二号証の記載によれば原告は昭和四九年一二月一六日から同五〇年一二月三一日まで桑名市民病院で治療を受けてはいるものの、その回数は僅かに六回に止まり、然もその病名である外傷性頸部症候群に対する治療は一応の症状固定後の治療と見るのが相当であり、傷害の部位、程度からして実質的な治療は昭和五〇年七月二五日以前に完了し、従つて右時点において本件交通事故による損害を知つていたものと解せざるを得ず、原告に対しこの時より三年間以内に本件事故による損害賠償請求権の行使を求めることは原告に何等の不利を強いるものでなく、単に右症候群に対する治療を続けていることによつて時効の始期を開始させないことは、時効制度の趣旨を没却するというべきである。
三 そうすると本件事故にもとづく損害賠償請求権は、遅くも昭和五三年七月二五日の経過によつて時効消滅し、被告らの時効の抗弁は理由があり、その余の点を判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求は失当というべきである。よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。
(裁判官 松島和成)